2014年01月20日

大力量人

大力量人という言葉があります
無限の可能性を秘めた人
という意味で
私たちは本来
無限の可能性を秘めた人
大力量人なんだということです
そう言われて
とても想像できない
と思われるかもしれませんが
それでいいのです
なぜなら
本当の私たちらしさは
私たちの想像を
はるかに超えたところにあるからです
想像もできないほどの
無限の可能性を秘めた自分を描く時
これまでの思い込みの枠が外れ
今まで見えていなかったもの
目には映っても
見えていなかったものが
見えてきます

 見上げれば、その背丈は雲の上に続き、笑い声は山々を震わせ、くしゃみひとつが嵐となる、それが大力量人であり、それが本当の私たちなんだというお話があります。
本来はそれほどの存在である私たちですが、この世に旅立ち、肉体を持った瞬間にそのことを忘れてしまいます。
 忘れる理由は、閉ざされた中から、本来の自分、想像をはるかに超えた無限の可能性を持つ自分へと、近づいていく過程を楽しむためです。
 それは枠を破っていく過程であり、その時その時に達成感という喜びも同時に存在するしかけになっています。
 なぜそんなしかけがあるのかというと、ワクワクするためです。枠を破り本来の可能性にふれるたびにワクワク感が増していきます。
 それに加えて達成感が得られるたびにも、ワクワク感が増していきます。
 私たちがワクワクしている時、天も同じようにワクワクしています。
 天は私たちを通じてワクワク感を得るのです。
 全知全能の天が、更なる喜びを得るために、閉ざされた中から全知全能に向かっていく過程を創りました。
 それは無限に続く喜びの旅であり、無限に繰り返す新しい喜びの舞台です
 私たちの一生は天寿を迎える時、トータルで喜びが多くなるようになっています。
 それが天の企画、天のシナリオ、天の計らいです。
 小さな自分にとらわれすぎずに、無限の愛であり、無限の可能性である大力量人として生きようと決めると、本来の自分らしさが現れてきます。

【大力量人である自分を実現するために(実践のポイント)】
・すべてが思い通りになっている自分を描きます
・思い通りになっている自分を遥かに超えた自分を描きます
・遥かに超える方法は、ありえないと思えるようなことを描くことです
・枠を超え、新しい自分に出会うたびに天が喜んでいることをイメージします
posted by 本山隊長 at 06:13| Comment(0) | 日記

2014年01月13日

受け取るために

天からは
常に無数のインスピレーションが
降りているという話があります
それを受け取ることが
できるかできないかは
私たちしだいです
受け取る方法は
握っているものを手放して
開いた手のひらを
天に向けることです
握っているものは
過去の成功体験
それを失うことへの恐れ
過去の失敗体験
それを繰り返すことへの恐れ
取り越し苦労
持ち越し苦労
持ち出し苦労
誰かに植え付けられた思い込み
思い込みから生まれた自己評価
これらを
握っている手を拡げて
手放すことをイメージしてください
拡げたその手に
天の無限のエネルギーが流れてきます

天には無数のアイディアが無限にあります。
それは常に私たちが手に入れ使うことを望んでいます。
そのために必要なのが、受け取る体制になっていることです。
手を拡げ、天に向けている状態が、受け取る体制ができている状態です。
それができないのはその手に何かを握っているのからです。
握っているのは失敗体験と成功体験です。
もし、私たちの周りに無数のアイディアが無限に存在していると知ったら、そしてそれは私たちが使うのを待っていると知ったら。
その時私たちは握っていたものを手放しているはずです。
なぜならとらわれる必要を感じなくなっているからです。
にぎっていたものを手放す瞬間に必要なのは、開き直る勇気です。
意識していてもしていなくても、開き直ることができるのは、自分を信じる気持ち、天を信じる気持ちを持っているからです。
心の深いところで、私たちは天に無数のアイディアがあり、いつでもそれを手に入れ、使うことができることを知っています。
それで最後の最後に、えいやーって開き直ることができるのです。
私たちはこれまでに、一度や二度、開き直ったことがあると思います。
その時、困ったことになったでしょうか?それよりも活路を開けたことの方が多くなかったでしょうか?
天のアイディアは、私たちの想像をはるかに超えた力を持っています。
使うことができた時、これまで握っていた成功体験や失敗体験がとても小さなものに感じられます。
いつでも、どんな時でも、どんな場所にいても、天の無数のアイディアは、私たちの周りに存在し、私たちが使いこなすことを、手を拡げて待っています。

【天からの無数のアイディアを手に入れることを実現するために(実践のポイント)】
・手に握っている成功体験や失敗体験があれば、それを書き出します。
・なぜ、それを握っているのかを考えます
・握っているものを手放した時、どんな気持ちになるかイメージします。
その気持ちは、手放した瞬間と、それから時間を経た時にどのように変わっていくのかをイメージします。
・私たちの周りにある無限のアイディアが、拡げた手を通して私たちの中に流れてくるのをイメージします。
posted by 本山隊長 at 08:23| Comment(0) | 日記

2014年01月06日

天のしかけ

善い言葉を聞いたり
使ったりした時
明るい気持ちになり
悪い言葉を聞いたり
使ったりした時
暗い気持ちになるのは
言葉そのものに力があるからです
物を創り出す力があるからです
天は
花の美しさと同じ
人を癒す力を 
笑顔に込め
人に活力を与える
創造の力を 
言葉に込めました
笑顔と善い言葉は
人が助け合って
楽しく生きるための
天のしかけ
使えば使うほど
癒す力も創造の力も
増していく
天のしかけ

言葉の力を私たちは実感し、直感的に使っています。
そうすることで、何度も助けられています。
イメージしてみてください。
困っていた時、くじけそうになっていた時、悲しみで途方に暮れていた時、私たちを認め、励まし、光がさし、勇気を奮い立たせてくれた言葉を。
その言葉は、私たちの状況を変える力を与えてくれました。
それは言葉に力があるからです。
言葉の創化力と言うものです。
私たちは不自由さを楽しむために、この世界に旅に来ました。
不自由さの中から自由自在であることの喜びを感じるために、この世界に旅立ちました。
そのため、自由自在の力を引き出すツールとして、天は言葉を与えてくれました。
言葉が思いを自由自在に変え、その思いが私たちの状況を自由自在に変えます。
自由自在の状況を創りだすため、言葉というしかけから、天は制限を外しました。
善き言葉を使えば善きことが実現するように、悪しき言葉を使えば悪しきことが実現するのは、創造の力と自由度は連携しているからです。
そしてその自由度ゆえに、使い方もすべて私たちに任されています。
そこで、その自由さを私たちがよりよく生きるために使うことが必要になってきます。
花の美しさをイメージします。
花はただただ美しく咲き、その美しさで見ている人々を幸せにすることを望み、それを実現させています。
そのため、花がしてきたこと、種から芽を出し茎をのばし花咲かせるためにしてきたことは、光に向かうということです。
光に向かい天に向かうということをただひたすら続けている中で、望みどおりに花咲かせることができています。
光に向かうのは自分自身の中の光が共鳴し合うからです。
私たちも同じです。
光に向かうことで自分自身の中の同じ光が共鳴し輝きを増し続けます。
そこから発する言葉が光の言葉です。

【光としての言葉の力を実現するために(実践のポイント)】
・これまで自分を勇気づけたり癒してくれたりした言葉を思い出し書き出します。
・その言葉を何度か声に出しながら、以前その言葉を使った時、自分の心境がどのように変わっていったのかを思い出し書き出します。
・自然の中にある調和や成長する姿に目を向け、それを自分の中にイメージします。
・いつも光に向かっているイメージをします
・光に向かうことで自分自身の中の光が、輝きを増すことをイメージします
posted by 本山隊長 at 06:11| Comment(0) | 日記

2013年12月30日

単純でよかった

雨の降る日は
雨の景色に感動し
風の吹く日には
風の景色に感動し
晴れの日には
晴れの景色に感動し
花を見ては
きれいだなあって思い
朝日には
おはようと言い
満天の星空を見るたびに
うわーって声に出し
毎日通る道でも 
毎日見る景色でも
毎日違う顔をしているから
毎日素敵な旅をしている
そんな気になっています
ホント単純です
でも単純で良かった

さっきまで泣いていたかと思うと、ケロッとして遊んでいる。
子どもたちに接していると、そんな姿によく出会います。よく出会うと言うよりも、それは日常当たり前のように見かける姿です。
なぜ、子どもたちはそうあるのかというと、それは今を生きているからです。
過去にとらわれることなく、未来を憂うことなく、今を生きているのが子どもたちです。
そしてそれは特別なことではありません。
私たちも、もともと同じだったのです。みんな子どもだったと言っているのではなく、もともとは同じ「今を生きている」のが私たちだったということです。
だったというのは誤解を生むかもしれませんが、今もそうであり、常に私たちができることは「今を生きる」ということだけしかありません。
過去はそれにどうとらえられていようとも、過ぎ去ってしまったことであり、未来はそれをどう憂おうとも、未だ来ないことです。
そうであるのに、過去にとらわれ未来にとらわれ、今を生きていないのが私たち大人の姿ではないでしょうか?
今を生きようと深く心に意識した時に、毎日通る道でも毎日違う景色に見てきます。
毎日出会う人たちが、毎日一期一会の出会いの人たちとなります。
毎日違う今を旅している私たちが、そこにいます。
今を生きるとは毎日が新しい旅と気づくことです。
目が覚めるということは、その瞬間に再び生まれてきているということです。
肉体は眠ることがありません。それでも睡眠が必要なのは、毎日天に帰っているからです。
天に帰っている時にしっかり充電されてくるのです。充電され、エネルギー満タンの状態で目が覚め、今日の新しい旅が始まります。

【今を生きることを実現するために(実践のポイント)】
・過去にとらわれていることがあるならば、その理由を考えます
・過去は過ぎ去ったもので、どこにも存在しないことを考えます
・未来にとらわれていることがあるならば、その理由を考えます
・未来は未だ来ないもので、どこにも存在しないことを考えます
・今を生きることと過去と未来のつながりをイメージします
posted by 本山隊長 at 06:40| Comment(0) | 日記

2013年12月23日

愛が先

対機説法という言葉があります
対機説法とは相手に応じて
真理の入口を示すことであり
お釈迦様はその達人だった
と言われています
真理の入口とは 
悟りに至るための入口のこと
目指す山の頂はひとつでも
そこに至る道は無数にある
それは人の数だけあり
その人に最も適した入口
最も適した道を示すのが
対機説法と言うことです
考え甘く 
山に登る準備を
まったくしない人には
「山登りは決して
楽なものじゃないです、
しっかり準備をしないと
大変なことになる」
と山登りの大変さを説き
心配絶えず 
山に登ることを
ためらっている人には
「美しい景色 
美味しい水や空気 
楽しみましょう」
と山登りの楽しさを
説くことです
相手に応じて話すことが
できるのは
深い愛があるからです

多くの人は私たちに多くのアドバイスをしてくれます。
そのアドバイスは、その人の経験やその人が学んだ知識などに基づいています。
そのアドバイスは方法論的なことであるのか、本質論的なことであるのか、ここを見抜く必要があります。
方法論的なことが悪いというわけではありません。その奥にある本質を意識することが必要です。
なぜなら、山の頂に至るための入口は無数にあるからです。
その人が得た方法はその人にとってもっとも必要なものであり、私たちにとっても必要なものかもしれませんが、もっとも必要なものではないと考えてください。
それが十人十色の意味です。
アドバイス上手の人もいますが、アドバイスされ上手の人も大切です。
アドバイスされるのもアドバイスするのもどちらも愛が伝わる行為です。
この世とあの世には無限の愛のエネルギーの流れがあります。
その愛のエネルギーを自分と相手に流していく行為がアドバイスです。
無限の愛のエネルギーが次々と人から人へと流れ続けていく姿をイメージしてください。
それは縦横無尽に拡がりつながる愛のエネルギーの流れです。
私たちが見たかったのはその姿。
光明荘厳な愛のエネルギーが流れるその姿。
その光明荘厳な愛という光が作り出す世界は私たちとつながっています。
もっとイメージしてみると、その光明荘厳な姿こそが、私たち自身であることにきっと気づきます。

【アドバイスされたことを自分のものとすることを実現するために(実践のポイント)】
・いい話をアドバイスされたらすぐ実行するようにします。
・何度も繰り返し繰り返し実行します
・実行の中でつかむのはコツです
・コツが伝えたいことの本質であり、あなたにピッタリの知恵です
posted by 本山隊長 at 08:31| Comment(0) | 日記