2013年11月18日

いとおしいこの世界

一日24時間という時間は、
すべての人に同じように
与えられていますが
それぞれが感じる時間の長さは
すべて違っています
楽しいことをしている時間は
あっという間に過ぎますが
嫌なことをしている時間は
なかなか過ぎていかないように
私たちはそれぞれ
自分の時間の長さを持っていて
その時間の長さを基準に
ものごとを
見たり感じたりしています
幼子には
幼子の一日があるように
おじいちゃんには
おじいちゃんの一日があるように
それぞれが同じ24時間を
違う時間の長さで生きている
そのことを考えていると
この世界が 
なんだかとても
いとおしくなります

 私たちが生きているこの世界のことを考える時、時間と場所とそこで起きていることを思い浮かべます。時間は時計で、場所は地図で、今ならナビでしょうが、考え確認します。
 ここで少し考えてみたいことがあります。
 時間は時計がある遥か前から存在しています。場所も同じで地図ができる遥か前から存在しています。
それは、時計で測れるのが時間のすべてではなく、地図で示されるのが場所のすべてではないということを表しています。
 時計で測れるというのは時間の一部を定義づけただけのものであり、地図で示されるというのも場所の一部を定義づけただけのものです。
 そうであるならば、時間とは何なのか、場所とは何なのかということになります。
時間について、それは相対的なものであるということを表したのが、先述の「いとおしいこの世界」の中での、幼子やおじいちゃんのお話です。
 場所も同じです。ある人にとっては何の変哲もない景色が、別のある人にとっては、忘れられない思い出の地であることは多々あります。
 起きている出来事についても同じことが言えます。
 大変なことが起きたと思っていても、後で振り返ると、あの時が自分が大きく変わるチャンス、人生の転機だったということがあります。起きた時点では、その大変なことは不運なことととらえられるかもしれませんが、そのことが転機だったとわかると、起きたことが幸運だったととらえているかもしれません。
 私たちが生きているこの世界を表す時間と場所と起きていることは、私たちの思いの現れです。

【よりよい人間関係実現のために(実践のポイント)】
・人それぞれ、時間と場所と起きていること(TPO)に対して思っていることが違うということを認めます。
・違いを認める言葉を「そうだよね。わかるよ。」という言葉として声に出します
・こうしなければならいとかこうした方がいいという気持ちを一端横に起き、違いを面白がり楽しみながら聞き続けます
・話すより聞くことを多くすることが心地よくなるまで、意識します。
posted by 本山隊長 at 05:15| Comment(0) | 日記