2012年05月12日

波紋と泉

私はいつも
穏やかな湖面のような心でいたい
波打たない湖面のような心でいたい
そう思っていました。
ところがなかなかそうはいきません。
小さな石には 小さな波紋
大きな石には 大きな波紋
投げ込まれた石に応じて
心に波紋が生じます
それを言葉の力やイメージの力で
元の穏やかな湖面のような心に戻すのですが
なかなか戻せない波紋があります
それは自分が誰かに石を投げてしまい
そのために相手の心に生じた波紋が
自分の心に伝わり 波紋を生じた時です
なかなか穏やかな心に戻せない時です
石を投げなければよかったかな
それが善意であっても
波紋の続く自分の心を見ながら
石を投げなければよかったかな
って考えていた時
小さいなあ
小さいよって
自分の心を波立たせないことにとらわれていた自分が
なんだかとても小さく思えました。
その時 ふっと 泉のイメージが心に浮かんできました
こんこんと湧き続ける泉のイメージです
波紋なんて あっという間に消してしまう泉のイメージです
そうでした
なりたいのは泉のような心です
こんこんと湧き続ける泉のような心です
いつまでも枯れることのない泉のような心です
posted by 本山隊長 at 10:11| Comment(0) | 日記

2012年05月11日

自分を好きになる

誰かに認められた時
それもありのままの自分を認められた時
きっと今より強くなれるはず
今より笑顔が増えるはず
今より幸せな気持ちになれるはず
ほんのちょっとの変化かもしれないけれど
誰かに認められた時
それもありのままの自分を認められた時
今より自分を好きになれるはず
そう思ったら
今日決めました
その誰かに
ありのままの自分を認めてくれる誰かに
自分がなろう
posted by 本山隊長 at 05:56| Comment(0) | 日記

2012年05月07日

共生

遥か昔に、
私たちの細胞のひとつひとつにミトコンドリアが寄生し、
それからずっと共生していると言われています。
何十兆個という数の共生です。
腸内細菌や皮膚・粘膜の常在菌も同じことで、
無数の命と共生することで
私たちの命は成り立っているんだよなあって思った時
ふと、よぎった思いがあります。
それは、共生しているそれぞれの命は心地よいのだろうかなという思いです。
共に生きている命たちが
心地よくいられるかどうかは
きっと私しだいなんだと。
何が心地よさにつながるのかを
少し深めていきたいと思っています。
posted by 本山隊長 at 05:08| Comment(1) | 日記

2011年10月03日

自在

運命の川を
使命を持って生きる時
それは
与えられた舞台を
主役として生きる時
さらにその先がある
それは
天命に生きる時
舞台から
野に出る時
posted by 本山隊長 at 03:53| Comment(1) | 日記

2011年10月02日

わかるよ

自分が知っている自分と
他の人が知っている自分の
重なっている部分が
理解し理解されている自分
この部分が広ければ広いほど
よりよい人間関係へとつながっていく
お互いの理解のために必要な一言
「わかるよ。」
この一言でお互いの理解が拡がっていく
ただ、気をつけなければいけないのが
「わかるよ。」と「そのとおりだよ。」は違うということ
「そのとおりだよ。」の根底には正しさがあり
「わかるよ。」の根底には愛がある
どちらも大切なことだけど
「正しさこそが大切だ」という人には
「わかるよ。」って答えよう
それでお互いの理解が
またひとつ広がっていく
posted by 本山隊長 at 07:58| Comment(1) | 日記